夏の子どもはみなわらう

夏を返り討ちにする。最高気温が35度を超えて真夏日になると気象予報士によって宣言された今日、僕は決意した。「アチー」だの「ダリー」だの「ヒトナツノセツナイオモイデウィズマイダーリン」だの、夏ごときに振り回される人間が多すぎる。なぜこうなって…

焼け野原でピボット

はこびるじゃないはびこるだ、と今日だけで三回も指摘された。そのうち一人は不快な顔をし、もう一人は非常に不快な顔をし、最後の一人は深いため息をついた。つまり全員がはこびるを認めていないのだ。はびこるがはこびっている。歩きつかれた僕は公園のベ…

トリップ・ダンサー

僕が一番好きなパンティーの色に春を彩っていた花が散り、季節はようやく衣替えを終えた。半袖で外を出歩いたとしても、昼間ならちっとも寒くない。夜は少しだけ冷えるけれど、誰かと肩を寄せ合えばむしろ暖かい。生まれてこのかた十数年、こんなにも春の到…

真冬に咲く花

気がつけば雨はやんでいて、カーテンの隙間から角度の低い日光が部屋の奥のほうまで差し込んできている。トラックのものらしきエンジン音と、その車輪が水たまりの水をはね散らかす音が同時に耳へ入ってくる。僕は太ももにその柔らかく暖かなエネルギーを感…

アップルパイのなる木

アップルパイのなる木を植えたら彼女は喜ぶにちがいない。 二十五歳になった僕はそろそろ女の子にもててもよい頃合である。人生には三度の「もてる時期」があるというが、僕の寿命を八十歳と仮定して、三分の一近く経過しているのだから間違いない。明日にも…

パトリシア

この世に生を受けてから十数年、トラックをはねたこともトラックにはねられたこともなかったのだけれど、今僕は空中を舞っていて、なぜ空中を舞っているのかというと、それは別に背中から羽が生えたからではなく、もちろん尻から羽が生えたわけでもなく、ト…

ペーパームーンにこしかけて

びゅうと風が、暖かさの残る空気をひとまとめにしてどこかへ連れ去ってしまい、こうして夜がやってくる。僕は首をあげ、空を見た。星が弱くまたたいている。オリオン座はいつでもオリオン座だ。僕はオリオン座を見ると反射的に数学の図形問題を連想する。だ…

ウィ・ハブ・ア・テーマソング

夢とか希望とか輝く明日とか、考えただけで反射的にすかしっ屁をかまして反射的にセルフにぎりっ屁をやらかして反射的に気を失ってしまうほど嫌いな言葉であるが、僕はここのところ毎日、反射的に気を失っている。朝起きて、枕カバーにべっとりと付着したキ…

バック・シート・ドッグ

何度チラ見てもバックミラーには後部座席に座っている犬。「おはようございます」「おはようございます」「奥様のワンちゃん、可愛らしくいらっしゃってホホホホ」「いえいえ奥様のワンちゃんこそ賢そうな顔面でオホホホホ」などと井戸端会議で話のタネにな…

ビューティフル・モーニング・ウィズ・ユー

ヒトが眠りにつく瞬間ってのはいつなのかしら、ふと思った僕は、ベッドでうつぶせになり(寝るときの作法として当然下半身は露出してある)自分が眠りにつく瞬間を心待ちにしていたのだけど、いつの間にか3時間ものタイムが消費されていて「むう」と思った。…

ハート・イズ・ゼア

この世に生を受けてから十数年、ナンパというのをしたこともされたこともない。もちろん、ナンパがどういう行為であるか、そのくらいは知っている。上半身を心もち左側に傾けつつ右手を定年間近のクレーン車のような角度で差し出しながら「ヘイヘーイ彼女、…

タイニー・ボート

いつか必ず僕も経験できるはずだ、そう思い始めてはや十年、未だにデートをしたことがない。そもそもデートとはなんぞや。おぼろげにイメージはできるけれども、やはり未体験ゾーン、はっきりとしたデートの形はわからない。燕雀いずくんぞデートの志を知ら…

カラフル・パンプキン・フィールズ

かぼちゃが嫌いである。どのくらい嫌いかというと、それはもう筆舌に尽くしがたいレベルの嫌いっぷりで、理由なんてものはなく、ただ、そこにかぼちゃがあるから嫌う。食卓にかぼちゃの煮つけが出れば失神し、スーパーの野菜売り場に近づけば失神し、「シン…

確かめに行こう

二日続けてインスタント・ラーメンの粉末スープを床にぶちまけてしまった僕が真っ先に思い浮かべたのはニュートンの性器だった。それはふやけていた。まるで今、僕の目の前で、粉末スープの混入を心待ちにしている片手鍋の中の麺たちのように、柔らかく、そ…

ライク・ア・ラブソング

“あなたのことを考えると、とりあえず窓ガラスにキスをしたくなります。なぜなら窓ガラスにあなたの顔が映っているように見えるからです。キスしたあとは窓ガラスを割りたくなります。なぜなら窓ガラスに映ったあなたの顔は偽物だからです。私を騙そうとする…

恋のスパイに気をつけろ!

洗い物をしていたらくしゃみが出そうで出ない状態に陥った。こういった場合、十中八九、「ぴゅうと風が吹いて女子高生のスカートがめくれたけどまあそりゃパンティーじゃなくてブルマーだよね、そりゃそうだよね、自己防衛だよね、自己責任だよね」と、まあ…

雨にうたえば

激しくアスファルトを打つ雨の音に目を覚まし、ふわああ、とあくびをしたところ顎が外れたので僕はとてもうろたえた。これはいけない、と呟きつつ(実際は「ほげがひげがい」と発音された)、急いでバスルームの鏡で自分の顔面状態を確認しようとベッドから…